仏領印度の原料品と日本工業との連結 : 総督メルラン氏渡来の使命 : [日仏新協商]
- 日付
- 1924-5-16(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![仏領印度の原料品と日本工業との連結 : 総督メルラン氏渡来の使命 : [日仏新協商]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100230541/279033.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
仏領印度支那総督と都下各新聞社記者との会見 十四日午前十一時より正午まで約一時間にわたり仏領印度総督メルラン氏は都下各新聞記者と会見し大要左の如き意見を述べた、先ず 私は元来新聞に対し特に趣味を有するものであるが親族中に新聞事業の関係者多く現に兄弟の一人はマタン紙の政治部長の職を執ってる、私が新聞に対して常に特別の注意を仏い比機関が社会を益する事について深く信ずる所以もここにあるとその新聞観を述べたる後更にいはく「私はこの度同席の仏国大使クローデル氏の勧告に従い日仏間の貿易特に日本と仏領印度支那との貿易関係の連続的かつ統一的発展を期する目的で仏領印度支那における商業会議所会頭三名その他数名の商務官を伴って日本を訪問した次第である、目下これらの諸氏は日本における官民有力者と種々意見の交換を重ねているが今日までの経過ではその基礎を作ることが極めて有望なる見込みであると、私は日本の商品の仏領インド支那に対する輸出が仏本国の輸出貿易に不利を与えるものとは考えていない、何となれば日本よりの輸出品と仏国よりの輸出品とは自らその品種を各異にするからである、し…
言及人物
典拠・外部リンク
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