製糸家及養蚕家の代表者蚕糸業根本策を政府に陳情 : 新繭資金の援助方をも懇情
- 日付
- 1924-5-16(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
製糸家養蚕家の代表者として今井五介、工藤善助、馬場歳次、瀬黒幸一の諸氏は十四日午後二時清浦首相及び前田農相をそれぞれ訪問し河畔長野市で開催した全国蚕糸業者大会の決議に係る(一)蚕糸業根本策樹立に関する件(二)蚕品種の整理統一に関する件(三)蚕糸局設置に関する件(四)蚕糸業法改正促進に関する件等の建□書を提出したしかしてまた焼失生糸問題もいよいよ調停者の勧告案は暫らく留保して置き裁定案を規準とし当事者間において協議の上解決することになったまでの経過を報告し併せて新繭資金の援助方を懇請した所これに対し清浦首相は 政府においても何等かの救済策を講ずる必要があるとの考えを持って調停者の勧告案に就いて調査研究して居ったが共栄蚕糸会社が出来ぬことになったとすれば甚だ困ったことである とまた前田農相は 蚕糸業の発展とか生糸取引の改善と云うような名目があれば兎に角ただ生糸を焼いたから甚だ困ると云うだけでは政府として救済資金を支出する訳にはいかないであろう と答えその他別に立入った懇談はしないで退出したと 焼失生糸問題解決規準 各製糸組合への通牒原文を修正 製…
言及人物
典拠・外部リンク
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五月十六日(金) 晴 漸ク初夏ノ候トナル。方サニ青葉ノ世界トナレリ。 午前、長者丸マデ散歩ス。 午後、秋葉氏方ニ往キ書法ヲ学ブ。稍ゝノ打方ヲ覚ル。秋葉氏ハ図ラズモ余ニ一面ノ硯ヲ与ヘタリ。質ハ甲州雨畑石ニシテ、大サハ約七寸ニ三寸五分ナリ。其他ニ端渓ノ古硯ヲモ示シ、孰レニテ意ニ適シタル方ヲ取レト提供シタリ。硯トシテハ後者ノ方面白ケレトモ、少シク小形ニテ習字用ニハ不適当ナルガ故ニ、前者ヲ選ビタリ。
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