製糸家側軍独共同販売所を計画 : 首相農相渋沢子に陳情
- 日付
- 1924-5-16(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
焼失生糸問題に対する製糸側常務委員が十三日の協議に於て共栄蚕糸会社案に対する賛否の態度を保留として此旨を全国製糸組合に通達する為め同日横浜側の同意を求めたところ案外に拒否せられた事は昨報の如くであるが十四日は此れに対する対策を考究せんとして午前十時より蚕糸中央会事務所に集合した。然るに横浜側は前日の態度に依って製糸家側に反感を抱かるる事を恐れ同日午前十一時急遽渋沢、渡辺、小野(俊)、田中の諸氏上京し製糸家側の協議に列席した為め製糸家側は協議を中止して臨時常務委員会を開く事となった渋沢氏は当日迄問屋側が採り来った経過を説明すると共に前日回示された対製糸家通牒は出来得可くんば銀行との交渉が決定した後にして貰いたい事若し不可能ならば但し書に利率及償還年限等は目下問屋側より銀行に交渉中にて尚未定である事を附記して貰い度しとの希望を述べ此れに対し今井五介氏は二三攻撃的弁駁をする処あったが結局昨報の通牒に更に前記の意味の但書を加えて当日直に全国製糸組合に発送の運びをとる事とし横浜側は引上げた。次いで今井氏以下六氏は午後一時半首相並に農相官邸を歴訪して以上の手…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1924-5-16 の他のソース・他のエントリ
- 年譜1924-5-16第48巻
是より先、当会は理事会の決議により、関東大震災後に於ける東京市の道路改良につき政府に建議し、是日栄一、当会会計監督山田英太郎と共に大蔵大臣勝田主計を訪ひ、東京市路面改良国庫補助の件を陳情す。更に九月十五日、栄一再び山田と共に総理大臣加藤高明
詳細 - 井深1924-5-16〔大正13年(1924年)5月16日〕
五月十六日(金) 晴 漸ク初夏ノ候トナル。方サニ青葉ノ世界トナレリ。 午前、長者丸マデ散歩ス。 午後、秋葉氏方ニ往キ書法ヲ学ブ。稍ゝノ打方ヲ覚ル。秋葉氏ハ図ラズモ余ニ一面ノ硯ヲ与ヘタリ。質ハ甲州雨畑石ニシテ、大サハ約七寸ニ三寸五分ナリ。其他ニ端渓ノ古硯ヲモ示シ、孰レニテ意ニ適シタル方ヲ取レト提供シタリ。硯トシテハ後者ノ方面白ケレトモ、少シク小形ニテ習字用ニハ不適当ナルガ故ニ、前者ヲ選ビタリ。
詳細
新聞1924-5-16製糸家及養蚕家の代表者蚕糸業根本策を政府に陳情 : 新繭資金の援助方をも懇情
詳細
新聞1924-5-16焼糸裁定案協議 : 関西製糸家意嚮
詳細
新聞1924-5-16仏領印度の原料品と日本工業との連結 : 総督メルラン氏渡来の使命 : [日仏新協商]
詳細
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細