資本家の恐慌時代
- 日付
- 1919-7-26(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
近時労働問題の高潮せらるるに至るや、我国各地工場に於ける労働者は、賃銀の値上、労働時間の短縮を資本家に強要し、頻々として同盟罷業を行いつつあるは、吾人の甚だ諒解し得ざる処なり、勿論資本家が労働者を酷使し、其利益の大部分を壟断せりとならば或は止むを得ざる勢いなりと謂われざるに非ざるも、昨今の実情にありては、此の種の真面目なる運動と見るよりは、寧ろ附和雷同的なる資本家圧迫、労働者専横の憂うべき傾向と認めざるを得ず、彼等は労力の負担を削減して、その報酬の多からんことをのみ求めつつあり、自ら怠慢者となり、その怠慢に対して多額の報酬を得んことを資本家に強要するの風あるに至りては、実に由々しき大問題と謂わざるを得ず。 労働者の人格を認め、資本家と同等の社会的地位を与え、且彼等をして生活上の顧念無きを期せしむるは現代労働問題の要諦たること謂うまでも無し、従って資本家に於ても以上の保障を与うべき施設に吝ならざるべきは勿論、その利益を労働者に分ち、彼等の生活をして有意義ならしめざる可からず、為めには賃銀の増額も、労働時間の短縮も或る程度までは実施するの必要あるべし…
言及人物
典拠・外部リンク
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七月二十六日(土) 午前七時半、花子無事帰宅ス。 午前九時半ヨリ大隈侯邸ニ於テ日曜学校世界大会準備委員会アリ。出席者ハ侯爵、阪谷、渋澤両男、木下、内田、生野、浅野其他ノ人々ナリ。ホテルノコト並ニ内外有志者ニテ引受ノコト等ニ付相談ス。 帰途、阪谷男ノ自働車ニテ麴町迄同行ス。
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