協調会設立進捗
- 日付
- 1919-7-26(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
政府筋の慫慂にかかる協調会(信愛協会改称)は設立準備進捗したるを以て徳川貴族院議長清浦枢密院副議長大岡衆議院議長及渋沢栄一男の名にて二十五日午前十一時より都下の欠く新聞社長を東京銀行種集会所に招待し其設立趣旨及経過を報告せり先徳川公より簡単なる挨拶あり続いて渋沢男より別記趣旨を敷衍して詳細なる説明ありたり会は宮中の御下賜金を仰ぎ之に政府の交付金民間の寄附金を併せ一千万円以上の財団となす筈発起人は政治家実業家貴衆両院議員新聞社長労働者等を網羅し之より評議員を選び重要会務は評議員会にて決し外に常議院理事等を設くる由なるが発起人総会来月上旬開会する予定なりと尚清浦子渋沢男等の談話に由れば同会は資本家労働者の何れにも属せざる団体にして事業者と労務者の協調を促すを目的とするものなれど労働組合の設立には何等反対するものにあらず寧ろ穏健なる組合の設立を歓迎するものなりと会の綱領中労働なる文字を避け労務なる文字を用いたるは知識階級に属する労務者をも包含せしめん趣旨なりという 協調会設立趣意書 資本労働の協調は産業発展の第一義にして又事業界の平和を保維する所…
言及人物
典拠・外部リンク
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七月二十六日(土) 午前七時半、花子無事帰宅ス。 午前九時半ヨリ大隈侯邸ニ於テ日曜学校世界大会準備委員会アリ。出席者ハ侯爵、阪谷、渋澤両男、木下、内田、生野、浅野其他ノ人々ナリ。ホテルノコト並ニ内外有志者ニテ引受ノコト等ニ付相談ス。 帰途、阪谷男ノ自働車ニテ麴町迄同行ス。
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