浅野製鋼の怠業 : 職工待遇問題から重役と技師が激論の結果重役を殴った技師の免職
- 日付
- 1919-9-21(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
浅野総一郎氏の関係する九州小倉市浅野小倉製鋼所職工四百名(平鑪工を除く)は十七日連名の上代表者二十名を出し最近免職となれる藤田技師復職方の嘆願書を重役に提出し委員一同は連袂休業し居れり 職工側は従前の如く出勤し怠業の上要求事件の解決に対する一種の示威運動をなしつつあり中には既に暫時他会社に転職し居れるものもあり事件容易ならず会社側にては目下製品材料欠乏の折柄とて却て之に重大視せざるが如き観あるも内密に緩和方奔走中なり右の原因は予て同社内にて問題となり居りたる職工取扱方に就き本月一日同社重役室に於て図らずも藤田技師と井原技師との間に意見の衝突を来し口論中平素藤田技師に快からざる横山専務は両者の口論の渦中に投じて藤田技師を罵倒し為に藤田技師より眉間に深さ骨膜に達する傷を負わせられ之が為に藤田技師は遂に免職となりたるが之を知りたる同社職工は恩義ある藤田技師の被免を遺憾とし遂に此の挙に及びたるものの如し因に職工は重役に向って歎願せしと同時に小倉市の有志に向っても同様歎願書を送り同情を求め盛に気勢をを挙げつつあり尚横山専務藤田技師間の闘争事件は目下小倉裁判…
言及人物
典拠・外部リンク
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九月二十一日(日) 柴太一郎氏ヲ訪問ス。意外ニ病気快復シテ、記臆モ中々達者ナリ。維新当時ノ事ニ付種々ノ話アリ。午餐ノ振舞ヲ受ケ、帰途、柴五郎氏ヲ訪問シ、大将ニ昇進ノ祝意ヲ表ス。不思議ニモ頃日祖先伝来ノ兜ガ手ニ入タル話アリキ。
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新聞1919-9-21更に秩序を整えて怠業の第三日 : 機械は動き出したが職工は遊んだり一寸働いたり : 夥しい菜ッ葉服巡査 : [(三一)]
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新聞1919-9-21或いは休業か : 会社側も已むなく最後の手段を取るかも知れぬという形勢 : 渋沢協調会副会長が出馬してくるという風説 : 川崎造船所の怠業問題 : [(二八)]
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