高商幹部の苦心 : 高商自体を大学とせよ : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-13(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![高商幹部の苦心 : 高商自体を大学とせよ : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356296/476009.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
奥田文相が商科大学問題に対し高商を東大の一分科となすに異議あらば断然之を延期すべしとの決心を明白にするや当初より此問題に関係し東京高等商業学校を商科大学とするの大体論に於て同意を表したる渋沢男等は 高等商業側が其地位を進めて商科大学となす趣旨には至極賛成し乍ら其は唯之を単独大学となすに賛成にして綜合大学の一分科とするには反対なりと云うに於ては是れ一個の私情を以て時勢の進運に伴うべき国家教育の改善発達を阻止せんとする者と同様の立場に陥る訳にて斯くては如何にも大人気なし との趣旨より再び中野武営氏等と共に此問題に就き奔走する事となりたるが之に対する高商側の意嚮は 渋沢男等の以上の趣旨を理解し得ざるに非ず此点に於ては何等反対の理由を有せずと雖若し高商を大学の一分科となすに於ては如何なる方法を以て之を実施するや現在の専攻部本科予科を如何様に変造して大学を組織するや教員の処置学科の編成如何に依ては事実上東京高等商業学校は全然廃止の形となりて其校舎に現在の大学予科を移せる者と同様の結果となるべし若し斯の如くなるに於ては高商自体を以て大学とせんとする本問題…
言及人物
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