商大案果然抛棄 : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-13(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![商大案果然抛棄 : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356295/476008.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
交渉断絶 商科大学問題に関して文部当局は強硬の態度を採り、高商学生中本科一二年生亦た単科大学制を固守して相譲らざるは既記の如し、而して渋沢男並に中野武営氏は右両者の間に立ちて熱心に仲裁の労を取りつつありしも、双方要求の懸隔甚だしくして到底調停の見込立たざるを看取し、十一日に至り両氏は遂に断然其調停を中止したるが、之に関し渋沢男は左の如く語り、中野氏も亦是と大同小異の言明をなせり 帝大並に高商当事者の意嚮を聞くに、前者は飽迄最高学府としての威信上其経営命令権を主張し、又高商側従来の歴史上之を承認するを好まず、然れば一時は一方が其主張を棄てて妥協成立するとしても、将来真の融和は困難なるべし、文部省は此際勿論一切の情実を棄てて成るべく、円満の解決を欲したるべきも、其結果は四十二年の高商事件と同様、永久高商側の不利に終るべきは明白なり故に此際数十年間実業界に大功績ある高商の将来の為め、断然調停を中止したる次第なり 法大怒る 文部当局は右の報に接して早速東大法科に通牒する所あり、仍て土方法科大学長は十一日午後一時、法科大学教授会を招集して商大案抛棄…
言及人物
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