紛々たる商業大学 : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-10(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![紛々たる商業大学 : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356289/475999.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
商業大学に関しては、最初高等商業学校の幹部評議員等も大略文部省の意見に同意せるものの如くなりしが、近日に至りて彼等の集会頓に頻繁を加え、密議に耽り居るものの如し。内容の公表せられざるに於て、吾人は其何事を意味するかを知らずと雖も、推測する所にては、渋沢、中野等の評議員が、文部の意見に同意せる際軽率の点あり、学校側より異論起りて収拾に困難なるものと解せらる。而して其原因は商業学校の幹部及評議員等が同校を大学とすることを熱望の余り、詳に其内容を極めずして、文部の商科大学説に雷同し、後に至りて其帝国大学に併呑せらるるものなるを発見して、俄に狼狽し始めたるに在るべし。 若し此推測にして大過なくんば、渋沢、中野両氏が居中斡旋の労を取ることも、彼等が一切の情実を排して年来の宿題を解決せんと声言する事も、経済科を併置するは学究的ならしむる虞ありとの苦情も、皆領解せられざるにあらず。二氏にして軽率に文部の意見に同意せりとせば今となりて強硬に之に反対する能わず、能うべくんば学校側の異論を纏めて、文部をして其計画を遂行せしむべき行掛あるにあらずや。されば問題を正当に…
言及人物
典拠・外部リンク
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詳細 - 年譜1913-12-10第51巻
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