商科大学の争点 : 経済科併置問題 : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-10-24(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![商科大学の争点 : 経済科併置問題 : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356259/475965.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
帝大商科を廃し之を一ツ橋高商内に移し現在東京高商を帝大の一分科に昇格し商科大学たらしむべしとは曩に報道せし所なるが此商大に関しては其内容に関して争点あり未だ文相の手に於て確定せりとも云えざるが如し其争点とは帝大法科中の商科を廃すると同時に経済科をも同時に之を廃して新商科大学に合併するの可否如何と云うに在り文相は経済科は商業と密接至大の関係あるを以て之を商科に移すの至当なるを唱うるに対し該案提出者たる渋沢早川氏等の如きは商科を一分科として独立せしむるの必要あるほど帝大に経済科を特置するの必要あり其理由は現に法科を卒業せる青年にして或は行政官となり或は法律家となるも共に経済上の知識を欠くもの多きは実際の事実にして之が専攻を要すること最も切なり然るに法科を単に英法、独法等に限りて教授するは活社会の実用に適せずと云うに在り斯くて此経済科併置問題は未定なれども高商を帝大の一分科とし商科大学を特設するは文相が実業家多年の宿望を容れて決定せし所なりと云う近日開会の調査会に於て稍々具体的に発表せらるべく文相は既に高商の評議員たる渋沢早川氏等と熟議を遂げたりと云う
言及人物
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