講和会議の大勢を動かすべく : 国民の輿論喚起を叫び奮然と決起した二団体 : 温和派は政府を鞭撻すべく過激派は内閣を更迭…
- 日付
- 1919-4-19(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
巴里の講和舞台が面白く無い殊に日本の役者が歯痒い程拙い、此際国民の輿論を喚起しようと奮然決起して大運動を始める者が出て来たが此運動が過激と温和の二派に分かれている、温和派は政府鞭撻の旗標にと来る二十六七日頃精養軒で国民大会を開くに決し 具体的の事は十九日東京麹町清水谷公園内に開く委員会で決する筈であるが同大会発起人其他関係者は 【貴族院】大木、柳原両伯、鎌田栄吉、菅原通敬、杉田定一の諸氏 【政友会】小川平吉、中村啓次郎、政尾藤吉、小久保喜七諸氏 【憲政会】小寺謙吉、大津淳一郎、小泉又次郎、大竹貫一、田中善立諸氏 【国民党】関直彦、古島一雄、鈴木梅四郎諸氏 【新政会】秋田清、坂本金弥二氏 其他副島義一博士、頭山満氏等も加わり来賓としては大隈侯 板垣伯、加藤子、渋沢、阪谷両男を始め有力者の出席を促している座長は多分杉田老で国際連盟其他面倒の事は後廻して単独平和条約の締結を先にしようと云う決議をなし此決議を講和委員に打電し原首相、内田外相並に外交調査委員等に示す予定であるが右発起人其他の中には強い態度を持しているものもある議論沸騰穏かなら…
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