犬養逓相渋沢子に懇望 : 両汽船合同問題に就て
- 日付
- 1925-1-27(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
郵船、東洋汽船合同問題は湯河原に静養中であった渋沢子の帰京と共に愈々進展すべく同子爵は一両日中井上準之助氏と会見同問題について協議することとなったが両氏は一昨年来この件について居中斡旋に立てる行懸り以外に昨多犬養逓相は渋沢子を招致し 我海運界の現状は誠に憂慮に堪えざるものあり殊に郵船の内紛東洋汽船の窮状の如きは国家事業たる船舶業を廃減に導くに外ならぬ今日之が対策として一日も早く両社を合同せしめ将来の根本国策を樹立せねばならぬことは御同感のことと思うついては貴殿は従来合同問題には尽力された関係もありこの際是非井上氏と共に之が成立に斡旋せられたく逓信省としても犬養自身立ってこの問の誘導に努めたい と懇談を重ねた即ち渋沢子の病中井上氏が郷、岩崎両男とこれが具体案を議したのも安田銀行からの依頼以外に犬養逓相の御声がかりがあったからで斯うした事情の下に今後は犬養逓相、渋沢子、井上氏の共同斡旋に加うるに郷男、岩崎男及び桑山逓信次官等の補佐斡旋も問題の進行を助成すべく之につき渋沢子は左の如く語った 合併問題につき井上、郷、岩崎三氏間に協議中なる旨は湯河原で…
言及人物
典拠・外部リンク
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一月二十七日 火 晴 寒 午前七時半 起床、入浴、朝飧ヲ畢リ 鈴木 三星 氏ノ来訪ニ接ス、 午前十時 井上 準之助 氏、 中村 市長ト 銀行倶楽部 ニ於テ会見、建築会社ノ事ヲ協議ス、 十一時 三田 邸ニ抵リ 智雄 身上ノ事ヲ 敦子 ト談話ス、後、協調会ニ抵リ 添田 、 永井 二氏ト協議ス、 二時 銀行倶楽部 ニ抵リ 第一銀行 株主総会ニ出席シ、一場ノ演説ヲ為ス、 堀越 善重郎 氏来話ス、昨日点検シタル書類ノ残部ヲ整理ス、 午後六時 過帰宿、夜飧後、新聞紙ヲ朗読セシム、夜 十一時 就寝
詳細 - 井深1925-1-27〔大正14年(1925年)1月27日〕
一月二十七日(火) 晴 出院授業、午前三時間。 午後三時、オルトマンス氏宅ニ於テ懇話会アリ。三年生伊藤道夫、霊性不滅ト題セル論文ヲ朗読ス。相当ノ出来ナリキ。 本日久振ニテ学院ニ行シニ、庭球場ノ跡ニ高等学部ノ校舎落成ニ近キツヽアリ。余ノ二十年来住居シタル総理宅モ遂ニ売却セラレ取毀シタルヲ見ル。構内ノ模様ハ一変シツヽアリ。
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