取引所法改正案 : 新政党組織の犠牲 : 社論
- 日付
- 1913-2-5(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
余輩は今日まで取引所の改善に関し既に数千万言を費し、余輩の筆は殆んど禿したり。而かも取引所の姑息的改善は却て取引所の経済的機能を害うの虞あるが故に、余輩は之に関し最後の妙策として官民合同の調査機関を設立し、文殊の智識を以て根本的改善を行わんことを主張したり。蓋し是れ角を矯めんとして牛を殺すという過失なからしめんが為めのみ。然るに当局は例の官僚万能の識見を以って余輩の進言を不聞に附し、独力机上の調査を開始し、此の程漸く其改正案を脱稿したる由なり。所謂机上の産物なれば固より大したる者にあらずして姑息の小改正なること疑うべからず。余輩未だ其内容を知悉するの光栄を有せざるが、漏れ聞く所に拠れば(一)仲買人たるべき門戸を開放すること(二)呑行為を厳重に取締ることの此の二点が骨子をなすものなりと云う、即ち其の一の仲買人の門戸開放とは、現行法第十条第二項に「二箇年以上其の取引所の営業部類に属する商業に従事したる商人にして年齢二十五歳以上の者は政府の免許を受け其取引所の仲買人と為ることを得」とあるを改正して、年齢二十五歳以上の者にして資産信用ある者は何人も仲買人…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1913-2-5 の他のソース・他のエントリ
- 日記1913-2-5二月五日
二月五日 水 曇 寒 午前七時 起床、例ニヨリテ入浴シ畢テ朝飧ヲ食シ、日記ヲ編成シ、又新聞紙雑誌類ヲ一覧ス、 午前十一時 帝国ホテル ニ抵リ、浅野セメント会社ノ総会ニ出席シ株式組織ノ改正ヲ議決ス、畢テ午飧ヲ食シ、後、 鶴見 埋築会社設立ニ付協議会ヲ開キ創立委員ヲ撰定ス、 午後三時 第一銀行 ニ抵リ行務ヲ談ス、 四時 事務所ニ抵リテ庶務ヲ理ス、又、来状ヲ撿閲ス、 五時半 矢ノ倉 福井楼 ニ抵リテ観山会ニ出席ス、 諸井 、 高田 ノ諸氏来会ス、夜 十時 散会、帰宿ス、 福井楼 ハ昨年冬ノ新築ニテ階上大広間アリ、頗ル壮大華麗ノ酒楼タリ、近時洋式ノ建築多キニ反シ純然タル 日本 風ナルハ旧観ノ美ヲ増スノ想アリ
詳細 - 年譜1913-2-5第52巻
是より先、当会社は社業の発展に伴ひ、株式会社に組織変更を必要とするに至り、別に浅野セメント株式会社を設立し、従来の浅野セメント合資会社を之に合併する形式をとることとし、是日、帝国ホテルに於て臨時株主総会を開き、之を議決す。栄一出席す。
詳細 - 井深1913-2-5〔大正2年(1913年)2月5日〕
二月五日(水) 授業如例。 午後三時ヨリ再ビ徒歩ニテ病院ヲ訪問ス。真澄ハ逐日快方ナリ。明日ヨリハ綱帯ヲ一日一回ツヽ解カント医師ハ云ヘリ。 ミスデビス、来訪ス。 途中、号外ヲ見ル。議会ハ再ビ停会トナル。遂ニハ解散ナラン。
詳細
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細