生糸販売機関案
- 日付
- 1924-4-11(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
綱要 蚕糸問題に対する渋沢子以下の三裁定者が取引機関の革新を先決とすることに意見の一致を見たことは既報の如くであるが十日志村氏は左の如き該案の内容を製糸家並に問屋の代表者に対して提示し両者は之に対して同日午後中央会事務所に於て種々協議する所があった(東京電話) 鋼要 一、問屋及び製糸家は共存共栄の精神を以って焼失生糸の損害賠償の方法を立つると共に生糸貿易の発展を計る為将来を達観して此際販売組織に一大改善を加うること 二、右の目的を達する為問屋及び製糸家は成るべく多数結合して株式会社を作り問屋業務を大規模且つ経済的に経営し費用の節約を計ること 三、従来の問屋営業の利権は評価委員の評価に寄り新会社之を評価委員の評価に依り新会社之を買収すること 四、会社の資本金を二千万円とし之を二十万株に分けと問屋及び製糸家各同数即ち十万株宛を引受くること問屋引受の十万株は其営業の利権買収費に振当で不足額は五分利附社債券を交附すること 五、会社は左の事業を営む事 (イ)製糸家は委託を受け生糸の販売を為す事 (ロ)株主たる製糸家に対し資金の融通生糸荷為替の受払を為す事…
言及人物
典拠・外部リンク
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四月十一日(金) 晴 朝食後、木村氏ノ診察ヲ受ク。別ニ異状ナケレトモ腎臓ニ故障アル疑アリトノ事、尿ノ検査ヲ要ストノコトナリ。 木村、清見同道ニテ目黒ノ土地ヲ見ル。気ニ入リタル模様ナリ。 ハナフオド氏来訪、暫時閑談シテ辞ス。 午後、角筈ニテフランクリン、テニー、ベンニングホフ、ホルタム、千葉其他ノバプテスト派ノ連中ト神学校共同問題ニ付会見、時刻迫リタレバ自分ハ途中ヨリ退席シタリ。 花子、午後五時半、神戸ニ向出発。 夜、秋葉、郷司来訪ス。
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