日米電信内容
- 日付
- 1919-6-6(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
予等が現在日米海底電線以外更に一線を増設すべく之が新設会社の実現に努力しつつあるは周知の事実也而して之が第一著手として最近に於ける世界海底電線の状態を調査せるに各国海底電信線の延長距離二十九万浬内政府所属五万五千浬私設会社線二十三万四千浬にして私設線八割の多きが占め我国を中心として之を見れば米国と欧州との二方面に大別し得可し即ち米国方面は小笠原グアム島桑港を経て南北中米に到る線並びに欧洲方面は我国より西伯利を経て欧洲各地に接続する線と香港新嘉坡印度地中海を経て欧洲に達する二線あるも時局の関係上西伯利線は使用せず小笠原島より南洋を経晩香坡に達する迂回線は長距離にして通信料高きを以て断線等非常の場合の外使用せず又印度洋南洋亜米利加を経て欧洲に達する線及太平洋より欧洲に通ずる線あるも之亦非常の場合の外使用する事なし欧洲方面への通信は東方及東方拡張会社線に依らざる可からず而して講和会議に関する通信が遅延しつつあるは事実なるも将来通信の迅速敏活を期し世界の大勢に順応せんと欲せば是非共日米海底電線を増設するの必要ある事勿論にして一昨年当時田逓相と協議し之が実…
言及人物
典拠・外部リンク
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- 日記1919-6-6六月六日
六月六日 金 晴 暑 午前六時半 起床、入浴、朝飧ヲ畢リテ種々ノ来客ニ接ス、 安達 憲忠 氏来リ養育院ノ事ヲ談ス、 赤司 繁太郎 氏来リ大学普及ノ事ヲ談話ス、 笠井 重治 氏来リ身上ノ談話ヲ為ス、午飧後 浦和町 ニ抵ル、自働車ニテ往返ス、蓋シ県庁ニ開設スル共済会ノ為メニ知事ヨリノ請求ニ応シテ出席シタルナリ、評議員会席上ニ於テ一場ノ演説ヲ為シ、 午後五時 頃内務省ニ抵リ 小橋 次官ト会話ス、畢テ 真砂町 ニ抵リ夜飧ス、夜 十時 帰宿後、新聞紙類ヲ一覧ス
詳細 - 井深1919-6-6〔大正8年(1919年)6月6日〕
六月六日(金) 出院如例。 ドクトルスピーヤヘ重要ノ書翰ヲ出ス。 午後、ホフサンマー氏宅ヲ借リ、新教員ノ歓迎会ヲ兼、三学部教員ノ親睦会ヲ催ス。一同満足ノ態ナリキ。
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新聞1919-6-6日米海底電線増設の要
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