電灯統一意見提示 : 仲介者より三電当事者へ : [東京市に於ける電灯統一問題 其五十三]
- 日付
- 1915-1-24(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![電灯統一意見提示 : 仲介者より三電当事者へ : [東京市に於ける電灯統一問題 其五十三]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100190875/223092.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
渋沢森村両氏は二十三日午前十時三電当事者に対して電灯統一に関する仲介意見書を提示す可く通知せるを以て松木市電局長、佐竹東電社長、嶋日電専務は定刻渋沢事務所に於て之を受取れり仲介者側に於ては立案者たる和田豊治氏も加わりて先ず市側の松木局長に会し次で東日両電の当事者に提示せるが何れも該意見書に対する諾否に就ては夫々協議するの必要あり且つ計算上の数字に関しては精細調査するの要あるを以て即答し難きも其公平中正なるものなる可きは充分に了解する所なるを以て誠意を以て考究熟議し何れとも返答す可しとて引取れり而して仲介者の今後の態度に関しては若し該意見にして全然容れざる場合には固より之を強制するの機能を持たざれば止むを得ざることとして手を引くの外なきも若し一部に関してのみ互に意見ありて取捨互譲する時は尚お合意の見込ある場合には更に仲介の労を惜まず意見書に対する諾否の返答に期限を付せざりしも又右の如く変更を許容するも要するに単なる仲介者なるが故にして此点に誤解なからんことを望むと渋沢男は語れり 電灯統一意見書 仲介者の正式提案 別項二十三日渋沢森村両仲介者より…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1915-1-24 の他のソース・他のエントリ
- 日記1915-1-24一月廿四日
一月廿四日 日 朝来快晴ナリシモ、午前ヨリ曇天トナル、昨夜ヨリ風邪気ナルヲ以テ晏起ス、起床後、半身浴ヲ為シテ後、朝飧ス、畢テ臥床中ニ在テ新聞紙雑誌類ヲ通読ス、 八十島 ヨリ電灯統一ノ事ニ付電話アリ、午飧前 渋沢 元治 来話ス、午飧畢リテ日記ヲ編成シ、更ニ種々ノ書類ヲ調査ス、 午後五時 ヨリ 海老名 弾正 氏来ル、基蘇教《(督)》ニ関スル講演会ヲ開ク、夜 十時 畢ル、来会者十四五名アリ 夜 十一時 就寝
詳細 - 黒田1915-1-24一月二十四日 日 曇 (鎌倉)
一月二十四日 日 曇 (鎌倉) 今日ハ何トナク寒サヲ覚ユ 午前午後トモ昨日丸善ニテ購ヒタル古事記ヲ読ム
詳細 - 井深1915-1-24〔大正4年(1915年)1月24日〕
一月二十四日(日) 午前、謝礼ノ為伝染病研究所内ノ髙木医学士ヲ訪問ス。
詳細
新聞1915-1-24電灯統一案[社説] : 頗る不満足也 : [東京市に於ける電灯統一問題 其五十四]
詳細
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細