製紙 : 王子と富士 : 経営百態
- 日付
- 1925-8-1(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
渋沢栄一子の玄関番を振り出しに、中央における実業界の大立物となった富士製紙の社長大川平三郎氏と、田舎新聞の営業部から三井物産の木材部に入り上り上って、王子製紙の社長となった藤原銀次郎君。此の両製紙会社が日本の洋紙板紙等一箇年間の製造高八億七千二百八十二万二千八十五封度の四割は富士、三割七分は王子之にれ要する原料パルプ一箇年生産十二万七千トン中富士三万九千トン王子六万トン樺太二万八千トンで原料においても王子、富士が大勢力をなして居る。 大川、藤原の二君は斯くして日本の紙業界における両大関である。然も此両大関が決して順調に平々たんたんたる途をたどって来たのでなく今日をなすまでには、幾多の波らん曲折を経た努力苦心がある。しかも会社今日の大をなすまでには双方共各異なった営業上の方針を確立して行く所に一種の妙技がある。 今日でこそ互に販売上に就いては競争して居るが、其源を調べると時こそ異なれ大川君も王子製紙の出身だから不思議だ王子は明治五年十五万円で渋沢子が創立したもので同子の玄関番たる大川君は同社の製図工として雇われて今日となったのだ、従って機械の運…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1925-8-1 の他のソース・他のエントリ
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細