製紙 : 王子と富士 : 経営百態
渋沢栄一子の玄関番を振り出しに、中央における実業界の大立物となった富士製紙の社長大川平三郎氏と、田舎新聞の営業部から三井物産の木材部に入り上り上って、王子製紙の社長となった藤原銀次郎君。此の両製紙会社が日本の洋紙板紙等一箇年間の製造高八億七千二百八十二万二千八十五封度の四割は富士、三割七分は王子之にれ要する原料パルプ一箇年生産十二万七千トン中富士三万九千トン王子六万トン樺太二万八千トンで原料においても王子、富士が大勢力をなして居る。 大川、藤原の二君は斯くして日本の紙業界における両大関である。然も此両大関が決して順調に平々たんたんたる途をたどって来たのでなく今日をなすまでには、幾多の波らん曲折を経た努力苦心がある。しかも会社今日の大をなすまでには双方共各異なった営業上の方針を確立して行く所に一種の妙技がある。 今日でこそ互に販売上に就いては競争して居るが、其源を調べると時こそ異なれ大川君も王子製紙の出身だから不思議だ王子は明治五年十五万円で渋沢子が創立したもので同子の玄関番たる大川君は同社の製図工として雇われて今日となったのだ、従って機械の運…
渋沢栄一