[東京海上保険会社と東明火災海上保険会社]
- 日付
- 1912-8-25(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![[東京海上保険会社と東明火災海上保険会社]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100122901/127016.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
尊重すべき経歴 西南役前後の暗雲惨憺として殺気天を蔽い人心の動揺暫時も休まなかった頃から既に霊犀ある財界の巨額は国家の産業政策に着眼して今日に於ける各財団の基礎を開拓していた、故岩崎弥太郎氏の如き渋沢栄一氏の如きその絶大なる抱負を実現すべく人知れぬ苦心を重ねた、保険業—殊に独特の業務と色彩とを有する海上保険の如きは全く岩崎渋沢両巨額の苦心の産物と称するも決して過言でないと信ぜられる、我国に於て今や海上保険会社が十社を算する中に最も信用あり最も有為なる経営者を抱擁し而して最も古き歴史を有する大会社は即ち東京海上保険である、東京海上は実に有限責任の海上保険としては他と全く異った独特の歴史を有し東明火災海上保険と共に保険界の一明星各務謙吉氏の経営になる所の三菱系統の一大会社である。 平調を打破す 東京海上三十余年の歴史は即ち我国海上保険の活歴史である、渋沢栄一氏は夙に斯業に就て着目する所があり、宛も金禄公債発行に際して華族諸氏の醵金した年賦金の利用法に就て苦心し将来に希望を有する事業を択んで投資するに決した矢先、氏自ら経営した銀行の荷為替事業に関…
言及人物
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