横浜保険界の第一人者 : 如何なるリスクをも引受ける横浜火災と其姉妹会社横浜生命
- 日付
- 1912-8-25(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
生糸業者の要求 本邦の海外貿易中、輸出貨物の最高位を占むるものは、改めて云う迄もなく生糸であって、その額は年々実に一億万円以上に及んで居る。然るに近年に至るまで、横浜に於ける生糸の取引商は自分の倉庫へ何百万円という品物を入れて置くのに、曾て損害保険を附けなかった。当時は日本の保険会社には、未だ爾く有力なるものとてはなくさればとて外国の会社に保険を依頼するのは、国家経済の上から見ても甚だ面白くないので、横浜市に於ても生糸に対する損害保険起らざるべからずとは、当事者は勿論一般有識家の等しく唱うる説であった。 此の時代の要求、一世の懇請に迫られて、横浜全市の生糸問屋並びに地方の製糸業者の首唱の下に、始めて生れ出でたものは、即ち吾が横浜火災保険株式会社であった。創立せられてより茲に十有五年、横浜市に於ける保険事業界の第一人者として、後にも先にも独りその名を擅ままにせるものは、実に全市経済界の将星を網羅する同社なのである。 木造家屋に保険せず で会社創立の議は、明治二十九年に於て既に唱えられたが、事業の調査、役員の選定、何や彼やに日子を費やして…
言及人物
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