長江航路の角逐
- 日付
- 1912-8-20(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
長江航路に於ける十年前の各国汽船状態は既記の如くなるが其の競争は依然已まず仏国の東方輪船公司の長江航路を開始せると日本郵船会社がマクベーン会社を買収して同じく競争に加われるも同胞間徒らに競争に疲るるの益なきに鑑み漸く合同の談進み尚当時此の長江以外の支流に航運業を経営する湖南汽船会社及び大東汽船会社は何れも我が国人の経営に係れるものにして湖南汽船会社は明治三十五年我が実業界の有力者渋沢栄一、安田善次郎、近藤廉平、益田孝、加藤正義、白岩竜平、浅田正文諸氏の発議により資本金百五十万円を以て政府の利子補給の下に会社を組織し三十七年三月より営業を開始せり而も意外の声価を博して従来同方面に営業を為して名声高かりし太古、怡和両汽船会社と拮抗するに至れり大東汽船会社は上海を起点として蘇州、杭州間蘇州鎮江間の航運に従事せるものにて資本金僅に十万円の小会社に過ぎざりしも其信用を支那人間に有せるは同航路に営業する他会社の遠く及ばざる所なりき 長江航路の経営 以上長江を本拠として航運業を経営せる日本人所属のもの四会社にして直接の競争は上海漢口間の航路に於て大阪商船会…
言及人物
典拠・外部リンク
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