欧洲製帽事業視察 : 伊国モンザー警戒
- 日付
- 1913-7-5(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
土肥東京帽子会社重役談 我東京帽子株式会社は明治二十二年、渋沢男、益田孝氏等によりて創立せられたる日本製帽株式会社の後身にして、英人ウートンを教師としてフェルト製帽業を開始して以来茲に二十五年、経験浅しとなさざれども、上等品は尚英国製に如かず、下等品に至りても伊国製に比し遜色あるを免がれざるの憾ありたり、然るに一昨年の秋、隣国支那に革命の大乱起り、次で中華民国建設せらるるや、断髪の風盛に行われ、之に伴うフェルト帽の需要□然として起り、支那は忽まち世界有数の帽子市場と化し、日伊英独の角逐を見るに至れり、就中伊国を以て剄敵と為す、我邦は幸い地の利に於て優越の地歩を占め居るを以て、一昨年十一月より昨年一月に至る僅々三ケ月間に一気に十万打を輸出し滞荷を一掃したるの壮観を呈したるも、是れ単だ一時の奇勝に過ぎず、我邦の製帽力には自から限りあるが故に之を或程度まで拡張増加するにあらざれば、伊国との角逐に於て最後の勝利を期すべからず、予の今回の外遊は昨年決定したる増資に伴う拡張計画遂行の準備行為なるが、目ざす伊太利モンザーに於ては商敵視され何処にても縦覧を謝…
言及人物
典拠・外部リンク
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- 井深1913-7-5〔大正2年(1913年)7月5日〕
七月五日(土) Yesterday I helped Mr. Heinz in going over his address. Today I read to him my address and he made several suggestions from a practical point of view. They seemed to me reasonable and I made up my mind to recast the whole thing, making it more practical and adopted for the audience. He presented me with a cane which he bought in the town. He gave it as a birthday present. I wrote my address on the Sunday School and Reli. Givers Education and worked until late at night. 昨日はミスター・ハインツの演説原稿の手伝いをした。今日は私が彼に原稿を読み、それに対して実際的観点からいくつか提案をもらった。的を射ていると思ったので、全部を書き直すこととし、より実際的に、聴衆に合わせたものにしようと決めた。 街で買ったというステッキを見せてくれた。それを誕生日の祝いとしていただいた。 夜更けまでかけて、日曜学校と献金教育についての演説原稿を書く。
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新聞1913-7-5手形事件未解決
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