住友物語[その三]
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![住友物語[その三]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100383290/524788.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
広瀬宰平の功績 (上) 上述の如き次第で、維新の大変革に際し、辛くも別子銅山の権利を保留し、その営業を続けることを得た広瀬宰平は、友親が明治二十一年、その家督を嫡子友忠に譲って隠退するに至るまで、常にその左右にありてこれを輔佐し、或は別子銅山の施設改善に、或は産銅の販路拡張に、或は家政の整理刷新に寝食を廃して東奔西走し住友家をして、よく今日の盛運を打開すべき基礎を強固ならしめた。今その後、宰平が友親を輔けてした仕事の重なるものを略記すると次の如くである。 (一)別子銅山の差押えが解除され、その営業が認められると、先ず坑夫の能率を高め、出銅額の増加を計ることに着眼した。彼は先ず坑夫の成績によりて等級を設け、賞罰の法を立て、厳正公平、もって人心をして倦まざらしむることに努めた。また、大阪鰻谷なる本邸内に設けられていた吹所を立川村に移し、そこで精錬された丁銅を神戸に送って販売することとした。 (二)明治元年九月、改元と共に宰平は徴されて鉱山司出仕となった。初め新政府は大阪の銅座役所ととなえたものを収めて大阪銅会所といったが、改元と共にその所管の事…
言及人物
典拠・外部リンク
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