財閥から見た大阪 (29〜43)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
(29) 知ったら仕まいの標語 金を貸して怨まれる田附 田附の大正八年に於ける売思惑は慥に失敗であったが、之れぞ誠に千慮の一失である。彼の相場標語『知ったら仕まい』は、他人に知られぬ間が花という事を語るもので如何に彼の頭脳が此方面に敏捷であるかを知る事が出来よう。此投機性は江州人の性質其もので、今日大阪に門戸を張って居る江州人の経歴を調べて見ると投機で産を為したものが多い。而して田附の相場に表われた『倒れて後已む』の捨て身的度胸も江州人の通有性である。彼は頗る附の個人主義者であるが、之れ亦郷土の伝統的性質を稟けて居るのだ。尤も綿糸仲買人などの中には田附から金を借りて成功して居る者もないではないが、彼は他を援助するが為めに金を貸すのではない、利殖せんが為めに貸すのだから、彼の債権擁護ぶりというものは可なり徹底したものである。 茲で田附の金貸しぶりと債権回収ぶりを述べて高利貸諸君の一粲に供しよう。彼は金を貸すに当って先ず毎日のバランスを提示する事を条件とするそうして其バランスが順調な間は黙って居るが、少し夫れが逆になって来ると貸した金を一時に返済…
言及人物
典拠・外部リンク
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