米国の排日 (一〜十六)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
(一) 加州に於ける日本人の経済上の地位 (上) 日本人が始めて移民として渡米したのは約五十年前のことであるが、明治二十三年頃から段々在住者の数が殖えるようになって、日露戦後には更に激増するようになった。在米日本人人口の大勢を見るに、明治元年には六人、明治二十三年には二千三百人、明治三十七年には五万三千七百六十四人、最も多いのが明治四十一年で十万三千六百八十三人、大正二年が少しく下って九万五千四百八十三人に達して居る(統計は一切日米年鑑第十号による)。其の内大正二年の加州在住の日本人人口は五万九千七百五十五人であって在米日本人の約六割二分五厘に当って居るのである。 加州在住日本人人口は先ずこんなものであるが、加州に於ける彼等の経済上の地位は何んなものであろう、即ち漁業と商業及び雑営業と農業との三つに分って述べて見よう。 第一に日本人の加州に於ける漁業を見るのに、非常な勢力を有して、加州魚市場を左右する位な勢力がある。併しながら事業そのものが本来小さなもので、其の経営者は二百人余り、一箇年の漁撈高九十万円に過ぎないのである、次ぎに商業及び雑営業を見…
言及人物
典拠・外部リンク
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