商大立消真相 : 円滑なる落着也 : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-18(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![商大立消真相 : 円滑なる落着也 : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356302/476016.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
商科大学設立の立消に付ては世上種々の臆説を伝えらるるも事実同問題は円滑に落着せるものにて文相と帝大及高商教授連高商々議員と文相等との間に何等意志の疎隔を来せることなし元来商科大学設置問題の起れるは四十二年学制の改正さるるに当り従来実業教育上古き歴史を有する高商専攻科を廃止し之を法科に併合せしめたるが為め商業学科の高等教育を受くる者の数を減少せしめ一般に高等商業学科の攻究を大に疎んずるの傾向を発生せり加之現今の学制は農業教育の為めには特に農科大学を分立せしむる等各専門学科に対し分科大学を設置し居るに拘わらず商業学科に付ては既存の教育機関をも廃止して特に其不備を招くは理論上及び実際上に於ても不当なるが為めにて此点は奥田文相も同意見なりしが何様商科大学の設立さるるに於ては之と密接の関係ある帝大の経済科を之に併合する必要あるに因り奥田文相は之を帝大教授連に謀りたるに教授連も大体同意見なりしを以て奥田文相は更に之を高商の商議員たる渋沢男及中野武営氏に諮り両氏は日頃商大設立の必要を称え居ることとて之に異議ある筈なく進んで帝大と高商との間に之が実行を勉むること…
言及人物
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