商大問題の余波 : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-15(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![商大問題の余波 : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356300/476014.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
商科大学設立に関する文部省案は高商側の激烈なる反抗に遭遇し渋沢男等の熱心なる調停運動も其効なく奥田文相をして遂に該案を抛棄せしむるの止むなきに至らしめたるは既報の如くなるが右に関し奥田文相は該案は未だ何れの方面にも正式には提案せざる問題なれば其撤廃如何は全然自己の自由意志に属するものなりと公言し帝大側が文相の内交渉に応じ正式に決議したる事実に対しては単に帝大内部の私事に過ぎずと解し居る模様なれども帝大側にては文相の今回の処置に対し甚だしく反感の度を高めつつあり彼等の主張する処によれば商科大学案が今秋文相の提議に依り法科大学教授会に附議せられたる際多数の教授は商科を法科大学より分離して高商専攻科と合併せしむる事に対しては固より賛成を表したるも政治科法律科とは学科の性質を異にすとの理由にて経済科をも分離し新設商科大学に属せしむる事に対しては従来他の諸科と合せ行い来りし講座の便益を失い教授に不都合を感ずる点より反対せるため殆ど否決の運命に際会せんとしたるも土方学長の斡旋に依り漸く通過し更に東大評議員会に附議せられたる際に於ては某学長より商大問題の解決困…
言及人物
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