商大立消事情 : 又々一悶着起らん : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-14(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![商大立消事情 : 又々一悶着起らん : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356298/476011.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
奥田文相の提案に係る商科大学設置問題は昨今渋沢男、中野武営氏等が高等商業学校側と奥田文相との間に於て円満なる解決を遂げしめんと百方尽瘁し来れるが十一日遂に該交渉は不調となりたるが其此に到れる事情を聞くに最初高商側にては例の単科大学制を主張し関、佐野、福田の諸教授は飽迄歴史ある高商の体面を維持せんと主張せり而して十一日遂に該交渉は不調となり渋沢男等は此に居中調停を辞するに至れるが今其事情を聞くに最初奥田文相は高商を大学に陞格して法科大学内に設置せられたる商科大学を廃止し新に高商校内に設置し更に法科大学内にある経済科を学科課目の連絡上高商に合同して二分科大学制を採用せんとしたるものにして此議に関しては曩に渋沢男とも内密に協議を重ねたるものにして男も亦大に賛同せしものなり又一方に於て文相は土方法科大学長其他の教授とも協議を重ね大学評議委員会にては最初二三の教授間には到底此議は不可能なれば文相に向って再三考慮を促したるに奥田文相は之に対し責任ある答弁を与え断乎として拒絶せしかば此に於て帝大教授も之に賛同の意を表したる次第なり然るに大正三年度の予算編成期も…
言及人物
典拠・外部リンク
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- 井深1913-12-14〔大正2年(1913年)12月14日〕
十二月十四日(日) 午前十時、伝道教会ニ於テ説教ス。会衆二十名許。 午後、クラブニ於テ婦人ノ為ニ講話ヲナス。題ハ女子ノ徳育ト基督教。聴衆ハ百二三十人ナリ。女学校生徒モ見ヘタリ。 井上医学士ノ招ニヨリ、クラブニ於テ西洋食ノ饗応アリ。大嶋、清水二氏モ共ニ招カル。 夜、再ビ講演ス。現代ノ要求ト基督教ニ付テ講演シタリ。聴衆ハ百二十人許、注意シテ聞居タリ。 会後、清水、長田氏等、大嶋氏ノ宅ニ来リ祈祷ヲナス。
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新聞1913-12-14商大案の休止 : [奥田文相提案と商科大学問題]
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