高商問題の紛糾 : 高商の反対強硬 : 文部省は躊躇す : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-4(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![高商問題の紛糾 : 高商の反対強硬 : 文部省は躊躇す : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356272/475980.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
文部省の立案 文部省に於ては奥田文相の就職以来大学学制改正問題と関連して商科大学案に就き調査を進むる所あり奥田文相は当初渋沢男等の実業家側及び東京商業学校多年の希望を容れて大学制の改正と同時に現在の法科大学に設置しある商科と東京高等商業学校とを合併して単独若しくは定国大学の一分科として新に商科大学を設けんことを計画したり 大学側の圧迫 然るに該計劃を遂行するが為めには勢い大学側と一応の交渉を遂げざる可からざるを以て文相は之を大学の評議員会に附議したり大学側に於ても時勢の進運に鑑み商科大学を新設するに何等異議を挟むの理由無きも元来今日の東大商科は設立の当時より其維持費として三万五千円の寄附金を有するを以て商科を大学より分離するは大学の経済上不利益となれば評議員会に於ては単独に商科のみを分離するに反対し大学の経済科を商科と共に法科大学より分離するは差支無かる可き旨を廻答せり 文部省案の内容 茲に於てか奥田文相も初志を翻し局長等に命じて新に大学側の希望を参酌したる商科大学案を作製する事に決し先月中旬愈々該案の脱稿を見るに至りたり該案の内容は現…
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