商科大学問題真相 : [奥田文相提案と商科大学問題]
- 日付
- 1913-12-2(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![商科大学問題真相 : [奥田文相提案と商科大学問題]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100356271/475979.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
近時再燃し来れる商科大学問題に関し某消息通は語りて曰く該問題の再燃は去る五月奥田文相より高等商業学校商議員側へ交渉し来れるに初まり当時の条件は (一)現在の東京高商専攻科を商科大学とし、同大学を現在の校地に置くこと (二)単科大学制を取るは目下の処困難なるより東京帝国大学の一分科とすること (三)現在帝大法科内に在る商科を此の大学に合併すること 右の通りなりしため渋沢男等も是ならば高商側も多分異議なかるべしとて同意を表し、文部側も爾来其の実行に向って調査を進め居れる模様なりしが昨今に至りて図らずも左の如き条件の加わらんとする形勢あるを発見したり、即ち 帝大法科内の商科を合併すると同時に同法科内の経済科をも合併すこととし、此の教室を現在の位置に置くこと 勿論右の箇条も最初文部省側よりホノめかされたるは事実なれど、微々たる商科を高商専攻科に加うるは可なるも、学生の多数を有する経済科に合併するは事実に於て高商を帝大に併呑することとなり一橋の歴史を破毀するの虞あれば応じ難しと撥ねつけたるため然らば強いて此の項を加うにも当らずとて物別れとなりた…
言及人物
典拠・外部リンク
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