実業界から教育改善運動起る
- 日付
- 1922-7-6(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
我邦の教育が学問の為めの学問であり大学の為めの教育であって甚だ非実際的であることは学校卒業者を使用する所の会社商店即ち実際を重きと為す実業界に於て久しく痛感せしめられて来たことであるが戦時戦後を通じて経済界が急に膨脹したに際してこの勢いは一層助長され又智育のみを主として徳育を甚だ閑却して居ることは会社道徳の弛緩を招き忌わしい疑獄事件の頻発を見るに至りその儘に捨て置く時は容易ならざる結果に陥ることとなる依って之れが根本的改善を断行せなければならぬと云う意嚮が有力実業家の間に漸次熟し来り最初昨年秋頃渋沢子和田豊治氏及び嘉納治五郎氏との間に意見の交換を見る所あったが最近に及んで著るしく具体化し来り前記三氏の外団琢磨、中島久万吉、大橋新太郎、植村澄三郎、内藤久寛の五氏参加し三日の会合までに約六回の会合を重ね協議を進める所あった是等の諸氏が現下我が邦の教育に対する欠点として共通に感じていることは 一、階級教育で小学校は中学に入る為め中学は高等学校に入る為め高等学校は大学に入る為めで即ち小学校を始め次々と凡て大学の為めの教育であること 二、智育に傾き精神的…
言及人物
典拠・外部リンク
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