日支経済解決の実業家団体組織 : 渋沢子爵の提議を容れていよいよ具体的協議に入る : 昨日の日支事業家協議会
- 日付
- 1926-6-9(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
日支両国実業家の協議会は前回に引き続き八日午前十一時より飛鳥山渋沢子邸に開催 支那側より虞洽卿会長を始め余日章、郭外□、郭東泉の四氏日本側渋沢栄一子、児玉謙次白岩隆平、角田隆郎、油谷恭一、の五氏出席 協議に入ったが支那側代表者は前回銀行クラブにおける会合の際と同様であくまで不平等条約の撤廃を繰り返して主張しこれが撤廃について支那実業家は支那政府をべんたつするから日本実業家は日本政府をべんたつしてもらいたい、かつ日支親善を希望するならば各国に率先して不平等条約の撤廃を叫んでもらいたいと主張したが日本側はかくの如き政治問題を実業家の手において解決せんとすることは不可でああり条約が出来るについては長い歴史があり各国との関係もあるそれを日本だけが出し抜いて撤廃を叫ぶことはどうかと思う素より支那側の希望に対しては同情と理解を有するがこうして実業家の会合で短兵急に政治問題の解決を要求されても困る、それよりも貴国の米の輸出関税撤廃とか鉄、綿花の輸出等直接経済問題を主として攻究し合わせて徐々に政治問題の解決をしては如何と主張し両者の意見容易に一致しなかったが昼…
言及人物
典拠・外部リンク
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詳細 - 井深1926-6-9〔大正15年(1926年)6月9日〕
六月九日(水) 晴 午後、土居氏来ル。ブラオン伝ノ続キヲ口授筆記セシム。 午後、桜井近子女史ヲ病床ニ訪フ。壱週前ヨリ頗ル重態ニ陥リ到底恢復ノ見込ナシ。既ニ意識朦朧タリ。 帰途、片山ヲ訪問、一同無事。尚沼澤ヲ訪問シ、夕食ノ饗応ヲ受ケテ夜ニ入リ帰宅ス。
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