児童保護事業の初会議開かる : 全国的団結を誓う
- 日付
- 1926-12-3(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
朝鮮、関東州、台湾、北海道等全国知名の児童保護事業家、社会事業家三百七十九名を網羅した第一回児童保護事業会議は明治神宮外苑日本青年館で二日午前十時より盛大に開かれた、長岡社会局長官の挨拶、守屋社会部長の希望などあって最後に渋沢子が老躯を壇上に運んで今後この事業に対する各人の努力を希望して開会式を終り、直に会議に移り大いに全国的に一致団結しこの事業の発展をはからんことを誓い、更に政府の社会事業調査会への実際事業家の希望を述べてから部会に移った、部会では 児童扶助法の制定、乳児保護、幼児保護、学齢児童就学保護、精神薄弱児童の保護教養、不良児童保護の普及、育児事業児童保護事業の整斉 などにつき協議をつづけたが、なお会議は二日間続開のはず(東京電話)
言及人物
典拠・外部リンク
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- 年譜1926-12-3第44巻
是日栄一、当後援会会長として、東京銀行倶楽部に実業家を招き、当後援会設立を披露、修養団の現況を説明して協力を求む。
詳細 - 井深1926-12-3〔大正15年(1926年)12月3日〕
十二月三日(金) 晴 荒川文六、公用ノ為上京シタリテ来訪、夕食ヲ饗ス。但自分ハロンドン監督イングラムノ報知社講堂ニ於ケル講演ノ席上、基督教聯盟ヲ代表シテ歓迎辞ヲ述ルノ約アリ、且其前元田、津荷等ト夕食ヲ共ニスルノ約アルガ故ニ四時半外出シタリ。 午後七時ヨリノ会ニ於テ自分ハ英語ヲ以テ歓迎ノ辞ヲ述ベ、阪谷男ハ日本語ニテ挨拶シ、遂ニ監督ハ国際聯盟ノ成蹟ニ付極メテ簡単平易ナル話ヲナセリ。要スルニ同氏ハ能弁家ニ非ズ、寧ロ事業ノ人ナルベシ。但ソノ風采高ク且温容ハ自ラ人ヲシテ敬服セシムルニ足ル者アリ。年数六十八才ナレトモ、中々元気ナリ。但今夕ハ疲労ノ跡明白ナリキ。通訳ハ小嶋氏。聴衆ハ満堂七八百ト見受ケタリ。
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