帝日両麻の合併可決
- 日付
- 1927-3-6(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
帝国製麻、日本製麻両社は五日午前十時前者は永楽ビル内に後者は生命保険協会内に夫々臨時株主総会を開□既報の両社合併案を附議した。帝麻側は同時に該合併による百五十万円の増資並に定款一部改正の件を附議し多少の異議も出たが全部承認された。多少揉めるであろうと予想されていた日麻側は渡辺六郎氏議長席に就き 製麻界の生産過剰による不振之が振興方法たる共同販売機関の再設不能から合併するの余儀なきに至った事情を述べ昨年九月以来渋沢、郷、井上三氏の斡旋によって合併談を進めて来た経過を説き之が承認を認めた 之に対し株主側から合併延期説合併条件の根本的欠陥から反対説を唱えるものが出たが渡辺氏は社債四百万円の償還期も切迫しているが之さえ償還出来ぬ事情にあった合併の余儀なき事を説き更に諒解を求めた結果漸く承認された
言及人物
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