郵船東汽両社愈々合併を承認 : 細目の交渉は留保せるも十二万五千株交付異議なし
- 日付
- 1926-1-21(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
両汽船会社合併裁定案に対し郵船及び東洋汽船両社の態度を決定すべき重役会は二十日それぞれ開催大要左の如き経過を示した 郵船重役会 午後二時本社で開会十八日斡旋役から手交された裁定案に対する回答について協議を重ね社外重役は各務謙吉氏を最後として四時半退去事務重役のみで引続き細目の協議を行□五時半散会した右重役会の決定せる態度は左の如し 一、裁定案即ち東洋汽船の所有船八隻並に航路権に対し郵船株式(額面五十円)十二万五千株を提供し之れを合併することは大体承認但し細目の点において相当反対意見が惹起された結果事務重役において希望条項を作製し斡旋役に交渉するも上記裁定案の根本原則には異論なし 一、斡旋役に右の回答案並に希望意見を回答する日は東洋汽船側と協同に行うものとす 一、東洋汽船の一部合併は同社をして合併物件の現物出資による新会社を設立せしめこれを合併増資の形において増資す 一、両社の合併仮契約は両社からそれぞれ委員を挙げて交渉すべくその人選は斡旋役に一任されたし 一、右仮契約案出来とともに両社とも臨時株主総会を開催し附議決定の上航路補助予算外国庫資…
言及人物
典拠・外部リンク
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- 日記1926-1-21一月二十一日
一月二十一日 木 快晴 寒 午前七時半 起床、入浴、朝飧ヲ畢リ 奥村 政雄 氏ノ来訪ニ接ス、同氏ハ客年 露国 モスコー 府ニ在テ同国ノ近状ヲ知悉シタルニヨリ例ノ共産又ハ赤化等ノ問題ニ付種々ノ意見ヲ交換ス、 午前十一時 事務所ニ抵リ、 長尾 半平 、 斎藤 惣一 二氏ノ来訪ニ接シ、 基督教青年会 復興《(館脱)》ニ関スル寄附金募集ノ事ヲ協議ス、 太刀川 八郎 氏来訪、郵船、 東洋汽船 合併ノ事ヲ談ス、午飧後 二時 青山斎場ニ抵リ 木内 家ノ葬儀ニ参列ス、 四時 過 春樹街 ノ家ニ於テ書類ヲ点検ス、 五時半 帰宅、夜食後、新聞紙類ヲ朗読セシム、 十時半 就寝
詳細 - 井深1926-1-21〔大正15年(1926年)1月21日〕
一月二十一日(木) 晴 寒気加ハル。今日ハ大寒ノ入ナリ。 出院授業如例。 宮地謙吉氏退職見舞トシテ自分ヨリ十円、真澄、清見ヨリ各五円ヲ贈ル。 真澄ノ熱稍下ル。三十八九度ノ間ニアリ。食気更ニナク時々嘔吐ヲ催ス。
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新聞1926-1-21郵船東汽の合併重役会 : 郵船側は調停案を承認 : 東汽側は安田関係が未だ纏らぬ
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