排日問題を日米民間代表で解決しようと渋沢子の奔走
- 日付
- 1924-1-29(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
米国に於ける排日問題の再燃は我実業家間にも、至大の衝動を与え単に外務当局者間の折衝のみにまかせず、民間同憂の士挙って善後策を講ずべしとの意見高く、殊に実業界の長老渋沢子爵は従来日米親善に尽瘁せる関係上、這般の形勢を憂え、駐日米国大使ウッズ氏二十七日着任後同案件を日米両国民間代表者の会商懇談によって円満に解決すべく、米国政府に交渉方を懇請することになった此種の企画は先年、アレキサンダー氏ヴァンダリッブ氏の一行が相前後して来朝せる折、渋沢子等から日米両国間の難問を解くべく、両国政府銓衡任命せる民間の有力者が、連合交渉委員会を開き懇談し了解を得たることあり、又大正十一年一月渋沢子渡米の際にも、先方のアレキサンダー氏より進んで提言されたので渋沢子はもとより喜んでこれをうけ容れ、帰来政府当局に説いて「米国政府にて承諾するなれば此儀には賛成」との日本政府の言質を得電報及び手紙にて此由を渋沢子より詳報したのであるが、米国政府は米国民間同志の此運動に対し、代表委員銓衡困難等の理由により快諾せず其後現ウッズ大使の着任後日米親交の禍根を芟除するため、此民間交渉の最も…
言及人物
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