伯国殖民計画
- 日付
- 1912-8-21(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
故長谷川芳之助青柳郁太郎諸氏は南米伯国にて高肥にして最も米昨に適せる地方に我殖民地を起さんと欲し東京シンヂケートを作り前内閣時代に桂公大浦子爵等の賛成を得て青柳氏代表となり四十三年七月出発の伯国に渡航し種々奔走せし結果四十五年三月に至り同国中米作の最適地たるサンポウロ州イグアペ区のリベイラ河と「パリケラアヅスウ」「カナネア」間にて官有地五万町歩の無償譲り渡しと移民の海陸渡航費の償還、五ヶ年間の州税免除等全く他に類例なき有利なる特許条件を獲得して帰国し目下会社創立並に移民募集の内手配中なるが会社創立に就ては大浦子爵が熱心に奔走尽力し先頃渋沢近藤両男、中野武営氏の三氏に向って事情を説明して勧誘する所ありしが会社創立の方針は初めより収益一方に偏せず永遠堅実のものたらしむ目的を以て計画中にて資本金は未定なるも大抵二百万円とし先ず其半額百万円を払込みて四ヶ年の内に少くとも二千家族を移民せしむる方針にて会社成立次第本年中に三百家族即ち一千人を渡航せしむ可き計画なり而して殖民の選択に就ては従来幾多の弊害に鑑み選択に力を尽し純良なる農民のみを選びて移民取扱手数料…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細