布哇邦人の実状
- 日付
- 1913-7-10(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
太平洋銀行設立其他の要務を帯びて五月十五日渡布したる日本昼夜銀行専務今西兼二氏は十七日地洋丸にて帰来したり今其設立の経過及び在布哇邦人の実状等に関する諸点左の如し 邦人渡航沿革 米国布哇に渡航在留せる邦人は目下八万五千人を算うるが抑も明治元年百八十の邦人同島に渡航したるもの実に邦人渡布の嚆矢にして其後明治十八年に至り布哇政府との条約によりて所謂富約移民を開始し毎年七八百乃至一千二三百の移民をなしたるもの明治二十五年迄約二十五回其数二万五千人前後に及びたりしが更に其後或は自由航行により或は移民会社の手によりて渡航し遂に今日の八万五千人に達したるなり而して以上の移民は最初重に労働に従事し耕作若くは家内労働等に就き居たりしが漸次其所得を増加し且つ人員の多きを加うるに及んで自ら預金及び送金を取扱う金融機関の必要を生じ即ち明治二十五年正金銀行支店を彼地に設くる事となれり 真の金融機関 而も正金銀行は元来為替銀行にして其支店の設立が預金送金等単純なる必要に基けるものなるを以て前述の如く在留邦人の数及び資金が漸次増大し且つ各種の事業を経営する者多きを告…
言及人物
典拠・外部リンク
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