横浜取引所の重役問題 : 更に紛擾を重ねん : [横浜取引所総会紛擾 (二)]
- 日付
- 1913-12-22(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![横浜取引所の重役問題 : 更に紛擾を重ねん : [横浜取引所総会紛擾 (二)]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100243331/296486.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
十九日の横浜取引所総会が紛擾を重ねたるは既報の如くなるが 竹内氏推挙事情 斯かる混乱に陥りたる原因は現支配人竹内広助氏の理事昇任問題なりと云われ居るも前後の事情は甚だ其真相を解するに困むものあり元来今回の重役改選に就ては前理事渋沢義一、石塚彦輔両氏が留任を固辞す可きは既定の事実にて高級支配人菊島生宜氏の理事新任も又当然の順序なりと思惟せられ居たれど竹内氏の昇任のみは一部の人々を除けば何れも寝耳に水の感あり由来竹内氏に対しては株主及仲買人中にも非難の声を放つものある位なりしに突然理事の候補に数えられたるのみか其推薦株主中には甞ては大に氏を非難せる仲買も加われる等一見極めて矛盾の観あり尤も前記渋沢、石塚両氏の後任として一名は予定の如く菊島氏を挙ぐるも他の一名は此際無経験の者を挙げんより寧ろ所内の事務に通ずる竹内氏を推すの勝れるに若かずとの説出で遂に仲買人の多数が之に賛するに至れる結果也とも伝えらる 巷説区々 左れど這は表面の事実に過ぎず裏面には深き事情の伏在せるものの如し一説には若尾氏が特に諸種の関係上竹内氏の地位を安固ならしめんとする策略…
言及人物
典拠・外部リンク
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詳細 - 年譜1913-12-22第56巻
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詳細 - 事業1913-12-22神社奉祀調査会(明治神宮)
是より先、栄一、東京市長阪谷芳郎・東京商業会議所会頭中野武営・近藤廉平等と東京市民の熱望により、明治天皇を奉祀する神宮を都下に建設せんことを首唱し、是日、東京商業会議所に東京市各公共団体首脳者と会し神宮御造営奉賛有志委員会を組織し、委員長に
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十二月二十二日(月) 午前、別科三年及ビ一年ノ試験ヲナス。 午後二時ヨリ青年会[館]ニ於テ教会同盟常務員会ヲ開ク。 同五時ヨリ青年会同盟常務員会ヲ開キ、諸種ノ報告ヲ聞キ且議決ヲナス。栗原基氏ヲ巡回講師トシテ一年間嘱托スルコトニ決ス。俸給ハ百卅五円ノ筈ナリ。 教員中特ニ精勤ノ向ヘ歳暮ノ贈物ヲナス。
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