焼失生糸の整理進捗
- 日付
- 1924-5-6(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
負担額裁定 焼失生糸の損害負担割合と之に関連して蚕糸取引改善策を講ずるため五日志村氏は渋沢、牧野両子爵と共に横浜から輸出商製糸家側の各代表者を銀行集会所に招致し、左の如き裁定書並に勧告を提示したが、当業者は之に依て六日以後各協議研究することとなった 裁定書 大正十二年九月一日の大震火災に依り焼失したる生糸の損害負担に関しては当事者各自の損害程度、従来の取引関係、平素の情誼等諸種の事情を参酌し各自協定を遂ぐるを適当と認め其基準を提示すること左の如し 一、問屋又は銀行保管中焼失したる生糸の損害に対しては問屋はその二割を負担し、製糸家はその八割を負担する事とし、荷為替附のものは一梱に付二百二十五円を差引たる残額を製糸家より問屋に支払い、無為替のものは一梱に付二百二十五円を問屋より製糸家に支払うこと 二、看貫済の後焼失したる生糸の損害に対しては輸出商において其全部を負担すること 三、引込中焼失したる生糸の損害に対しては輸出商及び問屋は各々其二割宛を負担し、製糸家は其六割を負担すること 四、焼失生糸の損害に関する負担金は看貫済のものは五箇年間に其他…
言及人物
典拠・外部リンク
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是日栄一、アメリカ合衆国特命全権大使サイラス・イー・ウッズ夫妻を、飛鳥山邸に招きて午餐会を催す。
詳細 - 井深1924-5-6〔大正13年(1924年)5月6日〕
五月六日(火) 曇、晴 旭川ヘ慰安ノ電報ヲ発ス。 午前、授業如例。 午後、教授会アリ。明治学院、東京学院、聖学院ノ神学予科協力設立ノ件ニ付交渉委員ノ報告アリ。又、奨学金募集ノ件ニ付報告アリ。 水上静子氏、岡﨑スミレヲ同伴来訪、米国ヨリ砂糖ヲ二斤バカリ土産ニ持来ル。 夜ニ入リ池田藤四郎氏、親戚医学士池田孝男氏同伴来訪、孝男氏ハ来十二日ノ汽船ニテメイヨークリニツクニ赴クトノ事ナリ。
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新聞1924-5-6焼糸負担裁定案愈よ発表さる
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