小樽の発展を阻むは小樽自からである
- 日付
- 1925-9-16(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
◇…北海全道における材木、雑穀、石炭の集散市場としての小樽港の発展は、昔日の面影なしと雖もなお目醒しいものである、これを表象するに地価、地代を以てすれば充分である、勿論、小樽が市街狭隘であるという事も一つの要素であるけれど場所に依って坪千六百円、地代坪十円を唱え、それとて容易に手に入ることが出来ない状態にある、従って旧来の平面的な小樽が漸次立体的に経済地帯から先ず動きかけて来た。若し近き将来において日露通商が復活し北樺太の石油、石炭の利権や沿海州の森林権や露領漁業権等が当業者側の希望の如くに解決したならば小樽港は一層の殷盛を告げる蓋然性を有している。 ◇…小樽は奥地に有する商権を以て極度に天与の地勢と港湾を利用し進むで函館の商権内にある漁業に食い入り相当の成功を収め、今後函館に取って代り漁業の集散市場たらんと努力している、この秋に方り小樽市民は小樽港の現状を目睹し築港当時を回想して如何の感を湧起するであろうか。 ◇…埋立ては完成し、倉庫も渋沢、小樽、小樽□鱗、今井商店倉庫を初め北海製缶等が鉄筋凝固土三五階建の宏壮なものを建築し、目下工事中にあ…
言及人物
典拠・外部リンク
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