人造肥料界の覇者 : 日本人造肥料の発展
- 日付
- 1914-8-20(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
明治二十年渋沢男を始め蜂須賀候、大倉喜八郎、安田善次郎、馬越恭平、三井武之助、益田孝、浅野総一郎等諸氏発起となり資本金二十五万円を以て東京人造肥料会社なるものが創業された、之れ実に本邦人造肥料会社の嚆矢で今日日本の人造肥料界に□を称して居る大日本人造肥料株式会社の前身である 而かも常時の農民は人造肥料の何物たるを知らず之が需用者は殆ど皆無の上に肥料商の中傷があり方々版売普及に困難を極めたが種々苦心経営の結果二十五年には少しく発展の曙光を見るに至った爾来工場の焼失、資本金の半減其他幾多の難関に遭遇したが百折不撓の精神を以て継続した為日清戦役の際から需用者頓に増して営業も漸く活発となり以来年と共に発展して資本金の増額、大阪流曹肥料会社との共同行動、技師の海外派遣、工場の増設等日一日と盛況を呈して来た 日露戦争と共に人造肥料の需要は俄然激進し之に伴うて斯種の新設会社が続出したが何れも供給過多の為めに発展上大打撃を被った、併し同社は其基礎、信用二つながら堅く常に優逸の地位を占めて居た、四十一年には函館の北海道人造肥料会社及び横浜の帝国肥料会社を合併して資…
言及人物
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