国産奨励会発表 : 副総裁は松井井上両侯 : 発起委員は地方官人選 : [国産奨励会の設立 (其四)]
- 日付
- 1914-10-7(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![国産奨励会発表 : 副総裁は松井井上両侯 : 発起委員は地方官人選 : [国産奨励会の設立 (其四)]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100202514/239603.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
予て三名の起草委員及び二十人の準備委員を選びて種々計画中なりし国産奨励会は愈々十月五日趣意書及び会則案を発表せし而して同会は全国より凡そ三百五十人の委員を選任する筈なるが其人選は頗る困難なるを以て上山農商務次官同会の委託を受け府県知事に依頼して其人選をなさしむる筈にして趣意書及び会則は其人選に従い準備委員中の武井守正渋沢栄一中野武営の三氏の名を以て発送せらるる事となる可し而して同会は本月十五日午前十時農商務省会議室に於て発起人会を開催する予定なるが同会の目的とする所は趣意書に記載せる如く内国品の生産を奨励して其普及を計るにあり世人の誤解せるが如き外品排斥の意には非ず具体的の計画としては差当り内国生産品の調査及び品評界開催の二にして其他の計画は漸を遂うて実行する事となる可し会員の種類は資本の支出者なる維持会員と名誉会員の二種にして総裁宮殿下を奉戴す可く二名の副総裁としては既に井上、松方両候の内諾を得たるが会長其他名誉会員等は未だ総て決定を見ず同会の趣旨書左の如し 国産奨励会設立趣意書案 我国の産業は維新以来長足の進歩を為したるものあるも未だ以て…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1914-10-7 の他のソース・他のエントリ
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細