為替銀行の成行 : [為替銀行の設立 其六]
- 日付
- 1913-9-1(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
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説明
正金銀行は本来為換を取扱外国貿易を助成せしめ本国と在留民との連絡を取りて邦の海外発展に資せむとするの趣旨なれども同銀行は形体既に成り相当の利益を挙ぐるに至りたれば此上強て事業を拡張し又は危険を犯して貸出をなし営業範囲を開拓するの必要を見ざる為め往々貸出を渋るの傾あるを以て比較的信用低き部類に対する融通をなし現在の欠陥を補足せん為め曩に為換貿易銀行設立のて計画を立て既に大蔵省の許可内示を受け居り以て正金銀行の賛助をも得東京には渋沢男を始め横浜の渡辺氏大阪の小山□等有力者の協力を得て設立計画も着々進捗したるが未だ同銀行直接経営の衝に当るべき適材を得ず創立関係より予に其任を強うる人あるも金融の妙諦を捉うるは予の性分にあらざれば之を辞退し頻に其人を物色中にて先には阪谷男を推薦せんとせしも男は東京市長に就任することとなりて交渉中絶となり今尚お適材を見出すに苦しみつつあり然るに過般布哇に同一の目的を有する一銀行を設立せられ七月一日より開業したるに頗る好況なるに見るも我等が始めより予期せるが如き効果は必ず挙がるべきを信ず米国加州の排日事件起りて以来同地にも銀行…
言及人物
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