化学工業研究所を大阪に設くべし[社説]
- 日付
- 1914-11-13(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
![化学工業研究所を大阪に設くべし[社説]](https://da.lib.kobe-u.ac.jp/files/iiif/1/20000/0100170932/194742.tiff/full/900,/0/default.jpg)
説明
化学工業研究所の必要なるは今や何人も異論なきところ、我国に於ても数年前より高峰博士、渋沢男等の首唱に由りて官民合同の大規模試験所設置の議あり、今春現内閣成るや、大隈首相も亦其の急要を説いて、官民合同より成る化学研究所の実現を冀望したり、吾人も再三独逸工業勃興の因由を例証して、我国に同研究所の速かに設立されんことを要望したるが、此の要望は、端なくも欧洲の戦乱勃発に続いて日独の開戦となり、独墺品の輸入貿易全く杜絶したる今日、更に一層切実に基礎強固なる化学工業研究の一日も忽にすべからざるを感ぜしむるに至れり。独逸は今や我が敵国なり、而して我が日本の工産業の状態と輸出入の貿易表とを看よ、医薬用及び製造工業用の根本原料たる薬品は殆ど全部を独逸に仰ぎつつあり、尤も我が工業界も近年進歩の蹟見るべき無きに非ざるも、化学工芸品に至りては我国に必要欠くべからざるものにして尚技術拙く随って製産費嵩むを以て、全く製造されざるもの多し、夫れ故に化学工芸品の輸入額は累年増加し来り、昨年の統計に之を観れば其額一億八千一百万円に上り、同輸出額の七千五百万円を差引くも、尚一億六百…
言及人物
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