共栄蚕糸会社案に銀行側概ね賛意有り : 志村氏諒解に努む
- 日付
- 1924-4-27(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
志村源太郎氏は二十五日午後一時丸の内銀行倶楽部に正金(児玉)住友(河田)三井(池田)安田(結城)三菱(串田)第百(原)十五(成瀬)川崎(野々村)第一(佐々木)台銀(森)各シンヂケート銀行代表者を招き焼失生糸処分問題の解決と生糸取引の改善とを兼ねて共栄蚕糸会社の設立を渋沢牧野両子及び同氏の間に計画中である旨を述べ更に農商務省は既に之れに対して略々賛意を有するものの如くであるが大蔵省側が低資貸出に関して未だ研究中であれば実現の域に迄は進んで居ないが目下の蚕糸界を救済するには斯くの如き方策より他に途なしと種々説明すると同時に諒解を求むるところがあった、銀行家側も之れに対して相当の意見を述べたが大体に於て不賛成を唱えるものもなく兎に角両者の会見は好成績に終った模様である。銀行家側としても勿論現在の蚕糸界が単に新糸資金の貸出のみに依って円満に救済し得るものとは考えず何等かの方法を持って焼糸による負担を整理する必要は認めて居るのであるけれ共何分焼糸問題に対して銀行は債権者の立場にある事とて直に賛否の意見を示すわけにも行かず只志村氏の説明を聞くと云う程度に止め…
言及人物
典拠・外部リンク
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