鉄関税の引上を要求
- 日付
- 1926-2-23(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
製鉄の関税は政府の修正法に対し当業者は銑鉄及鋼鉄の両方面とも極力関税の引上を要望して居るが右の中製鋼業者の代表者たる今泉牧田、香村、渋沢などの諸氏は二十二日日本工業倶楽部に会合して二十三日の関税委員会に附議さるべき鉄関税中製鋼に関し政府の原案は当業者の希望と懸隔があるというので議会方面に当業者としての意見を開陳すべく懇談した、而して民間製鋼業者側としては嘗て鋼塊一トンにつき三十円見当の税率を至当とするということを上申してあるが今回の政府原案にはトン当り十八円見当に過ぎない即ち希望額の六割にしかならずせめてこれを約八割の二十五円程度までに修正して貰いたいといっている
言及人物
典拠・外部リンク
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二月二十三日 火 曇又雨 寒 午前七時 起床、入浴シテ、朝飧ス、 尾高 文子 来話ス、 朝鮮 学生援護ノ件ニ付 李 軫鎬 及二氏来リテ援助ヲ請ハル、他日総督又ハ総監ヨリ実況ヲ詳知シテ何分ノ助力スヘキ事ヲ答フ、 山県 愷介 氏来話、来月 米国 渡航ノ由ニ付紹介ノ事ヲ依頼セラル、 ジヨーヂ ・ ゲリー 氏ヘ添書スヘキ事ヲ約ス、 吉池 慶正 氏来、東北振興会ノ事ヲ談ス、 大川 平三郎 、武之 助、 正雄 共ニ来リテ 石川島 工場ノ件及飛行機ノ事ヲ協議ス、 正午 工業倶楽部 ニ抵リ報効会評議員会ヲ開ク、 井上 、 大橋 、 串田 、 高梨 ノ諸氏来会ス、畢テ 喜多 氏《( 喜田 氏)》ヨリノ文事談アリ、後、事務所ニ抵リ庶務ヲ処理ス、又、文書ヲ点検ス、 三時 頃 春樹街 ノ家ニ抵ル、小憩ノ後夕方帰宿ス、夜食後日記ヲ編成シ、又、ラヂオノ放送ヲ聴取ス、夜 十時 過就寝
詳細 - 日記1926-2-23廿三日
廿三日 (火) 午前九時 大川 平三郎 、 渋沢 正雄 両氏来約( 飛鳥山 ) 午前十時 吉池 慶正 氏来約( 飛鳥山 ) 午前十 十一半時 朝鮮 学務局長 李 軫鎬 氏来約( 飛鳥山 ) 午十一半時 報効会理事会 引続 同評議員会(工業クラブ) 午後一・二十分 事務所ニ御出勤
詳細 - 井深1926-2-23〔大正15年(1926年)2月23日〕
二月二十三日(火) 雨 昨夜来ノ雨ニテ再ビ悪路トナル。 授業如例。
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