一部製糸家が共栄会社案に執着 : 協議の上再び設立運動に着手
- 日付
- 1924-5-17(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
焼失生糸損失分担問題は既報の如くこれに関連する調停者の勧告案たる共栄蚕糸会者案を暫く留保し損害分担に関する調停者の裁定書のみを承認しこれに規準して製糸家問屋と個々に協議の上何分の解決を附けることに決定し従って渋沢子牧野子志村氏の三調停者が本問題より手を引くに至ったが製糸家側としてはこの際どうしても政府から低利資金の供給を仰ぎ得る様な何等かの方策を講ぜねばならないと云う考えに傾いている、即ち今井、工藤、大久保、小口(村)、小口(善)の諸氏は十五日午前九時頃志村氏を小石川の私邸に訪問し今後共引続いて政府並びに銀行方面に対し何分の尽力方を懇請した、然るに志村氏はこれに対しかくの如き状態になって当業者諸君が困られることには充分同情すると同時にわれわれ調停者の作成した勧告案を飽くまで固執すると云う訳ではなしまた裏面から出来るだけの援助をすることを敢て辞するものではないが今日までの行き懸り上共栄蚕糸会社案が実行されないからと云って今更外の案を作成し表面へ立って政府や銀行側へ交渉することが出来兼ねると体よく拒絶したそれで製糸家側は低利資金の供給を仰ぐため何等か…
言及人物
典拠・外部リンク
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