一大産業機関設置計画愈々具体化す
- 日付
- 1922-7-4(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
本邦各地に存立する各種各様の実業団体を一丸として全国的に諸実業団体を統一し権威ある有力な産業機関を設置する計画は昨年来一部実業家の間に要望されて居ったが戦後経済界の実状に鑑み愈々之が実現を急務なりと唱道せられ 殊に先頃来英米を視察訪問せる本邦有力なる実業家は親しく彼地の実況を調査し統一ある団体の組織及び活動振を目撃して大いに刺激され帰来之が計画を目論見つつある一方先頃開催された全国商業会議所連合会に国際商業会議所加入の件を上議され之が加入資格問題のより単り商業会議所連合会に止らず銀行集会所工業倶楽部実業連合会を始め各種商工団体及び有力な倶楽協会等打って一丸として 全国的一大産業機関を創設し之が一員として参加する方が寧ろ有効得策であるとの意見に一致し其意味に於て更に他の商工団体と共同して国内委員会を設立すべく其組織進行に付いては既報の如く東京以下六大会議所に一任する事となったのである 右に付いて横浜会議所の井坂孝氏が専ら其衝に当って居る又一方産業機関の大組織に付いては井上日銀総裁の肝煎りで此程渋沢子、和田、団、郷男、池田(□)櫛田、中島男、大橋(新…
言及人物
典拠・外部リンク
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四日 (火) 午前九時 加藤 高明 子ヲ御訪問ノ約(下二番町同邸) 午前十時 添田 敬一郎 氏ヲ御訪問ノ約(協調会) 午後〇半時 総理大臣催、 米国 海軍卿勧迎午餐会《(歓)》(同官舎) 午後四時 山下 亀三郎 氏来約( 兜町 ) 午後五時 日本 結核予防協会ノ件 午後八時 米国 海軍兵学校実業生(デンビー氏一行)ヨリ正式招待(銀行クラブ)燕尾勲章佩用
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詳細 - 事業1922-7-4アメリカ海軍卿エドウィン・デンビー歓迎
ベルギー国王第二王子シャール・テオドール来日し、是日同国大使館に於て、同国人及び日白協会会員を引見す。栄一参候す。
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