産鉄政策急務
- 日付
- 1917-5-8(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
別項渋沢男爵邸の竜門社総会講演会に於ける工学博士今泉嘉一郎氏の試みたる講演の要旨左の如し 鉄は人類食物の必要なる如く生存上欠く可らざるもの謂わば食物と共に人類生存上の二大要件とも称す可きもの也国家生存対鉄に於ても同様也而して鉄生産国としては北米合衆国の三千万噸を最大とし之に次で独逸の二千万噸、英国の一千万噸、仏国の四百万噸、露伊の各三百万噸、墺匈及び白耳義の各二百万噸なるが連合国及び同盟国の両交戦闘体が共に二千二百万噸の鉄生産力を有するは面白き対象と云わざる可らす勝敗の永引くは此点にも負う可しと雖も奈翁が金力と鉄とは平和を命令するに必要也と述べしが如く鉄の生産力と共に金力の必要あり然るに連合軍は金力に優れる上に今又金力と鉄とに富む米国を後援とす連合軍の勝利は疑う可らざるの道理なりさて金力と共に平和に必要なる鉄の生産易々にて又以て長年月を要せず今二三の実例を挙げんに千八百十七年米国の産鉄高は僅に二万四千噸、独逸は三万五千噸に過ぎざりき然るに最初の五十年間に於て米国は三十三倍大、独逸は十五倍大となり後の五十年間に於て米国は二十六倍大独逸は二十四倍大と…
言及人物
典拠・外部リンク
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詳細 - 黒田1917-5-8五月八日 火 快晴
五月八日 火 快晴 三田慶應義塾前ニテ松方巖君ノ自動車ニ出遇ヒ招カレテ同乗島津邸ニ入ル 両陛下午前十時四十分御着 午後五時還幸啓被遊タリ 先ヅ大過ナク受持ノ仕事ヲ済マセタルハ何ヨリ仕合ナリ
詳細 - 井深1917-5-8〔大正6年(1917年)5月8日〕
五月八日(火) 出院如例。 午前十時半過、天皇陛下嶋津公爵邸ヘ行幸ニ付職員生徒一同二本榎通ニ斉列シテ奉迎ス。 夕刻、ランデス氏方ニヒウストン氏夫婦及ビライオン氏ノ為ニ茶話会アリ。両人ノ演説アリ、余、之ニ対シテ数言ヲ述ブ。
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